深田久弥終焉の地 秋色に輝く茅ヶ岳
年月日 平成19年11月03日(土)
天候 晴れ
場所 山梨県韮崎市
ルート 大明神登山口→(60分)→女岩→(45分)→深田久弥逝去地→(20分)→茅ヶ岳→(105分)→深田記念公園→(10分)→登山口                                 歩行距離(往復6.5`)、所要時間4時間30分(休憩時間含まず) 
その他  勇んで出かけた茅ヶ岳。些か高速の渋滞はあったものの、天気も最高で幸先の良いスタートでした。ところが登山中盤から体調が悪化し、添乗員さんに最後までお世話になる羽目に。初級の山と侮って登ると中盤以降の長丁場の急登に苦しめられます。物の本には中級と位置付けたものもあり、注意が必要です。

詳細地図はこちらから(北斗市観光協会提供)


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スライドショウの開始
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さあ、今日も31席の満員です。
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大明神駐車場に着きました。1時間の遅れです。
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ストレッチ体操をやって
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さあ、スタートです。
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紅葉もそろそろ見頃を迎えようとしています。
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穏やかな山道で気持ちの良い山登りです。
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汗を掻き始めたので一旦服を着替えます。
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チョッと急登になってきましたが、まだまだ余裕です。
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ここいらの紅葉はとりわけ見事でした。
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徐々に勾配がきつくなってきました。
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女岩に到着です。ここで小休止。
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コース中唯一の水場となります。
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登山道の真ん中に犬が一匹横たわっていました。何をやっても反応がありません。
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さあ、急登が始まりました。この後私は体調が極端に悪化しました。
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辛うじて撮った1枚。周辺の景色を撮る余裕はありませんでした。
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やっとのことで着いた深田久弥逝去の場所です。飲酒登山で脳卒中で倒れたそうです。合掌。
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遥か彼方に富士山がポッカリと。この時も添乗員さんに足を揉み解してもらっていました。
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どうにか山頂に辿り着きました。
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遥か彼方に鳳凰三山が。
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こちらには八ヶ岳が。
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茅ヶ岳山頂、1704メートルです。ほとほと疲れました。
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ガイドの園田先生は、山座同定中。
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こちらは奥秩父の山並みです。
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ここからも富士山が。
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さあ、尾根道を下ります。
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そうは見えませんが、案外急なのです。
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前を行く蓬田添乗員。足を痛めた私のために、付かず離れずで誘導してくれています。
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林道まで下ると、例の犬が担架で運ばれてきていました。
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聞くところによると、足の骨が2本折れているとのこと。一体山中で何があったのでしょう。でも、優しい登山者に助けられて良かったね。
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深田記念公園に立ち寄りました。
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有名な記念碑です。
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深田記念公園から撮った茅ヶ岳です。
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日帰り温泉「ゆ〜ぷるにらさき」で汗を流しました。
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午後6時、東京に向けて出発です。
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大変お世話になった園田ガイド(左)と蓬田添乗員(右)です。
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いろいろあって食べ損なった弁当です。明日の朝御飯にします(笑)。

 山をやる人であれば深田久弥の名を知らぬ人は居ないと思う。石川県加賀市出身の作家で、若い頃から山に親しみ、文筆業の傍ら日本山岳会の副会長まで務めている。しかし、調べてみると、同じ作家である妻の作品の贋作が多く、独自の作品も駄作が多くて作家としての評価は余り芳しくなかったようだ。おまけに病気で寝たきりの妻を差し置いて初恋の女性と逢瀬を重ね子供まで儲けている。そのような作家として深田の信用は何時しか暴落し、不遇の中同じ登山仲間の作家小林秀雄から一喝され、山の文章中心の執筆活動に入った中で書いた「日本百名山」で再び作家として高く評価されるようになったという。そのような自由奔放な深田も1971年(昭和46年)登山中の茅ヶ岳(1704m)で脳卒中で急死した。「人に人格があるように、山には山格がある」そう説き続けた深田久弥の遺志を感じに私も茅ヶ岳を登ってみることにしよう。

 今回も都庁新宿地下駐車場からツアーバスは出発する。参加人員は人気の山らしく満席の31名である。土曜日で且つ祝日の今日は予想通り中央高速は大渋滞が始まっていた。首都高はそれなりに流れていたが、八王子ICから先は遅々として進まない。程なく小仏トンネルを抜ける辺りから順調に流れ始めたが、それでも韮崎ICを降り、登山口のある大明神に着いたのは予定より1時間遅れの午前11時半である。

 慌しくストレッチ運動をやった後午前11時45分にスタートを切る。穏やかな登山道は歩き易く、周辺の紅葉と相俟って気持ちの良い山歩きとなる。1時間ほど汗を流すと程なく「女岩(めいわ)」と呼ばれる大きな岸壁に突き当たり、ここで小休止となる。

 10分ほど休んで腰を挙げ山頂を目指すが、どういう訳か登山道の真ん中に1匹の犬が横たわっていて身動き一つしない。死んでいるのかと思ったが息はしているようでお腹が微かに動いている。声を掛けても撫でてあげても餌をあげてもピクリとも動かないのだ。1400m地点にどうして犬が...。原因は全く分らないが、無事を祈って後ろ髪を引かれる思いで先を急ぐことにした。

 これから先は、今までの穏やかな登山道とは打って変わって、浮石がゴロゴロしているかなり急な山道となる。私も当初は他の参加者と一緒に歩調を合わせていたが、そのうち徐々に遅れ始めとうとう最後尾になってしまった。体調が頗る悪くなってきたのだ。ジャケットは脱いでいるものの、暖かい天気と相俟って、汗が滝のように流れ落ち、おまけにふくらはぎにこむら返りが起きてしまった。尋常じゃない痛みに、最後尾に付いている添乗員の蓬田(よもぎだ)さんがマッサージをしてくれる。その後は、その繰り返しで先発隊から相当に遅れてしまい、私が深田久弥逝去の登山道に着く頃には先発隊はもう出発の時間という悪循環となってしまった。ちなみに、この深田久弥逝去の登山道、酒気帯びで登山した彼が脳卒中で倒れた場所なのである。

 稜線に出ると、ここから山頂までは大岩を両手で掴み大股で乗り越える難所となる。大股を振り上げる毎に再びこむら返りが頻発し、またまた蓬田さんのお世話になる。そうこうしてやっと到達した山頂。天気は頗る良いものの、やはり午後からの登山で雲が出てしまい、辛うじて富士山、鳳凰三山、奥秩父の山々が雲の切れ間から顔を覗かせているだけである。毎度のことながら、日帰り登山の欠点が今回も如実に表れてしまったようだ。

 遅着組の私は休む間も無くすぐに出立となる。下山は易しい尾根道コースを下ることになった。しかし、ここでもこむら返りが頻発して皆さんの後塵を拝することとなり何とも悔しい。兎に角足を切ってしまいたい程の痛みが襲ってくる。日が西に傾き始め、焦りの気持ちと参加者の皆さんにすまないという気持ちが入り混じり、激痛に耐えながら、どうにか最後尾から標高差750mを下りきったのだった。そんな訳で、女岩から下山口までは今回はほとんど写真を撮っていない。当たり前といえば当たり前で、風景を愛でるどころじゃ無かったのだから(苦笑)。

 下りきって林道へ飛び出すと、どういう訳か先発隊がたむろしている。何事かと覗き込むと、何と登山中に出会った例の犬が横たわっているではないか。話を聞いてみると、不憫に思った登山者がストックで作った俄か担架で優しく下ろしてくれたようである。犬は足の骨が折れているらしいが、少しは元気になって首をもたげるまでになっていて、これから病院に連れて行くらしい。犬の身に何が起ったかは分らないが、純真な動物を裏切る人為的なもので無いことを祈るだけである。

 帰りは日帰り温泉「ゆ〜ぷるにらさき」で汗を流す。痛む足を存分に温め、心行くまで揉み解し、この一日を反省したのだった。帰りは午後6時。外はもう真っ暗である。中央高速では行楽帰りの渋滞に再び巻き込まれたが、大した影響も無く、午後8時45分には新宿に全員無事帰着したのだった。いや、私だけが無事じゃ無かったのかも知れないが(^^;;)。

 今回は今までに例の無いような大きな体調不良に見まわれた。大量の発汗から来る水分不足とミネラル不足が原因のようだ。おまけに痛めている膝の関節保護のための強力なサポーターも血行を悪くしてその一因を作っているようだ。今後このような状況が続くようであれば、ツアー参加の皆さんに迷惑を掛けるだけでなく、自分としても面白くない山歩きとなる。今まで以上に体力の増強と体内のケアを図らなければと思っている。

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