最近、公的にも私的にも環境変化の波が押し寄せて山に登る機会が極端に少なくなっている。今月からは長年住み慣れた住まいを離れ、諸般の事情からアパートでの一人暮らしに入った。パソコンがポツンと鎮座しているだけの殺風景な部屋で、休みの日には買い出しや洗濯や掃除をしなくてはならないのだが、それは後回しにしてもどうしても山への想いは断ち切れない。洗濯をするなら山から帰って汗まみれの衣類と合わせてやれば良いし、買い物は24時間営業のコンビニでどうにかなる。そう考えると居ても立ってもいられなくなった。引越しに忙殺され山岳ツアーは予約していないが、今日もまた何処かの地を自由気ままに歩いてみることにしよう。
思いを巡らすと例年夏になると決まって出かける場所がある。山登りではないが、この時期艶やかな花を咲かせる「レンゲショウマ」の花を愛でに、毎年ある場所へと足を延ばす。その場所の名を「東京大学大学院理学系研究科附属植物園」という。栃木県日光市にある厳つい名前のその植物園も、快速で行けば片道1320円で、現地で昼食を取り復路は特急を使ったとしても5000円でお釣りがくる。引越しに思わぬ出費を強いられた私にとっては有り難い行程だ。
東武伊勢崎線浅草駅から6時20分発の快速電車に乗り込む。天気は今日も猛暑日となるのであろう、ギラギラとした太陽が朝から容赦なく照り付けている。最初はガラガラだった電車も、帰省ラッシュと重なったためか、北千住、春日部、東武動物公園駅辺りから大勢の乗客が乗り込んできて、いつしか立錐の余地も無いほどに混雑してきた。電車は下今市駅で東武日光行きと会津田嶋行きに切り離され、私の乗った車両は目的の東武日光駅に8時24分に到着する。
ここからはツアーでは味わえない気ままな一人歩きとなる。ゆるやかな勾配の国道119号線をカンカン照りの中汗を拭き拭き3.5キロ、時間にして45分も歩けば目的の日光植物園に到着する。ここに来るのも彼此4回目となり、園内はほぼ熟知しているので、受付で入園料330円を支払うと、まずはレンゲショウマの群生するエリアへ直行する。
去年より1週間早く訪れたためか、チョッと花の付きは悪いが、それでも相変わらず妖艶な薄紫の花をあちらこちらに咲かせている。レンゲショウマは日本固有の花で、山間の落葉樹林内に生える多年草であり、花の形が「ハス」に、葉が「ショウマ」に似ている事から名付けられたものらしいのだが、周囲の淡紫色の部分はがく片で、中心の濃い部分が花弁で多数の雄しべを取り囲んでいるのが特徴である。まるで実のような丸い蕾とうつむき加減に開く薄紫の花とが対照的で、その妖艶な美しさに毎回見惚れてしまう。
一通りレンゲショウマの撮影を終えると、広い園内を歩き回る。しかし、春先とは異なり、この時期案外花の種類は少ない。それから2時間半かけて園内を歩き回ったが、目立つのは「コバギボウシ」を筆頭に「フシグロセンノウ」「ミソハギ」「サワギキョウ」等の花々で、それらが夏の園内を席巻しているようだ。でも、チョッと訪れる時期が1週間早かっただけで、こんなにも植生が異なるものなのだろうか。去年出会えた一部の花達に今年は出会うことが出来なかった。それが深刻な地球温暖化の影響ではなく、単純に時期のズレだけであって欲しいものなのだが。
十分にレンゲショウマを愛で満足した後、12時丁度に植物園を後にし帰路に付く。植物園を出ると再び酷暑の世界である。恐らく今日は35度を超える猛暑日のようだ。標高500mの日光の地も東京と大差の無い猛烈な暑さだ。舗装道路からの照り返しに朦朧としながら東武日光駅まで戻ると、駅前の喫茶店に立ち寄り、まずは食事よりも水分補給を優先する。駈け付け3杯のお冷を頂いた後、チョッとカロリーのある食事を頂きエネルギーを補給する。窓の外を一様に厳しい顔つきで通る観光客を眺めながら暫し休息を取り、2時35分発のきぬ122号で酷暑の日光を後にしたのだった。