年月日 2006/12/16(土) 天候 薄曇 場所 茨城県つくば市 ルート 筑波山・つつじが丘→(50分)→弁慶戻七岩→(40分)→女体山山頂→(15分)→御幸ヶ原→(15分)→男体山山頂→(10分)→御幸ヶ原→(70分)→筑波山神社 歩行距離(5.0`)、所要時間3時間30分(休憩時間含まず) その他 筑波山は「西の富士」とならび称される美しさで、万葉集にも歌われるほどです。標高860mの男体山と877mの女体山を総称して筑波山と呼んでいます。筑波つつじヶ丘をスタートして尾根道を登り、自然が作り出した芸術、弁慶の七戻岩・胎内くぐり・大仏岩などの奇岩群を経て女体山本殿へ。この間は厳しい岩場登りの連続で相当に体力を消耗します。女体山頂からの関東平野の大パノラマは壮大らしいのですが、この日は雲が多く空気も澱んでいてすっきりとはいきません。御幸ヶ原を経由し男体山へ。男体山からの眺めも同様にすっきりとはいきません。この後、御幸ヶ原からケーブルカー沿いに筑波山神社まで標高差600b余を下りますが、前日までの雨の影響で足場が極端に悪く、相当に難儀する下山になってしまいました。
美しい姿から富士山とも対比され、「西の富士、東の筑波」と並び称される筑波山。古くは万葉集にも詠まれた名山で、西側に位置する男体山(標高871b)と東側に位置する女体山(標高877b)からなっている。いわゆる日本百名山の一つに挙げられているが、その中では最も標高が低い。この筑波山が日本百名山に選定されていることについては異論が多い。そもそも日本百名山とは文筆家の深田久弥氏が、日本国中の多数の山に登った上で、品格・歴史・個性を兼ね備え、かつ例外を除いて標高1500b以上の山という基準を設け選定したものである。しかし、標高877bの筑波山が選ばれるのであれば、地元のこの山こそ選ばれるべき、と主張する山の愛好家も多いのだ。今日は今年最後の山登りになるであろう、S社主催の筑波山登山ツアーに参加してみることにした。
今回のS社のツアーはさいたま新都心発、立川発、そして我々の新宿発と3台ものバスが各地から筑波山を目指す。3台合わせると参加者は実に100名近くになるそうで、筑波山の人気の程が窺える。我々新宿発の2号車も36名の参加者を乗せて7時半に新宿を出発する。天気は左程良くないが、薄日も射して最近の山登りの中では上出来の天気だ。
バスは常磐自動車道を走り、土浦北ICを降りると国道125号線を一路筑波山を目指す。高速で若干渋滞に巻き込まれたが、左程の遅れも無く10時にはスタート地点のつつじが丘に到着する。各地から参集した参加者と合同で準備体操を行いスタートを切る。標高500b強のつつじが丘は思ったほど寒くなく、最初からジャケットを脱ぎ首と頭にタオルを巻いてのスタートだ。
スタートするといきなり急登が始まる。見上げるとマッターホルンのように急峻な女体山と男体山の山頂が見える。350bの標高差とは言え、ここは決して侮れない山のようだ。案の定、急登を喘ぎ喘ぎ50分登ってやっとのことで奇岩群の一つ「弁慶の七戻り」に到着する。ここは、頭上の挟まった大石が落ちてくるのではないかという恐怖で、弁慶でさえも通り抜けるのを七度も躊躇したといわれている大岩だ。更に夫婦和合の神様をお祀りしてある高天ヶ原を過ぎ、母の胎内くぐりといわれる子授け、安産の神様をお祀りしている大岩を右に見て進む。
奇岩の群れを抜けると更に勾配の急な段差の大きい岩場となる。もうストックなどは役に立たない。岩場をガッシと両腕で掴みグッと両足で体を持ち上げながら登る。標高差は左程無い短い急峻な岩場であるが、体力の消耗は甚だしい。幾度と無く岩と岩の隙間で休み、息を鎮めなくてはならないほどだ。「弁慶の七戻り」から40分費やし、汗みどろになりながらやっとのことで女体山山頂に飛び出す。
女体山山頂はロープウェイで来た観光客も含め、多くの人で溢れ返っている。薄日の射す天気であるが雲が多く空気が澱んでいて山頂からの眺望は余り良くない。辛うじてつくば市街が箱庭のように見渡せるが、その先は霞んでいて関八州の眺望など望み薄である。山頂を示す標柱をカメラに収めると人ごみを掻き分けすぐさま下山を開始する。
ガマの口のように見える岩の隙間に石を投げ入れることが出来たら願いが叶うといわれているガマ岩、男の神様(男体山)と女の神様(女体山)の縁結びをしたセキレイ(鳥)がとまったといわれるセキレイ岩を過ぎると御幸ヶ原の広い尾根に飛び出す。ここにはケーブルカーの山頂駅があり土産物店も数多く立ち並んでいて、些か俗世間に戻った感じだ。時間は丁度12時。我々グループもここで1時間の休憩を取る。大半の参加者はここで昼食タイムにしたようだ。
私は昼食は男体山山頂で取ることにし、休むことなく更に男体山目指して足を伸ばすことにする。ここは女体山ほど厳しくはないが、似たような岩場の急登が待ち構えている。しかし、疲れた体に鞭打ってものの15分ほど登ればもう山頂である。ここも当然のことながら女体山と同様雲に遮られて眺望は余り良くない。風景を愛でるのは諦めてとりあえず昼食にする。新宿で積み込んだ弁当だから地元の味では無いが一般的な幕の内の味でそこそこ美味い。ものの5〜6分で弁当を掻き込むと煙草を燻らしながら山上の空気をゆっくり味わう。
男体山山頂で束の間の休息を取った後、とりあえず御幸ヶ原まで下山する。あちらこちらで自由時間を過ごしていた参加者が再びここ御幸ヶ原に集まり、午後1時に全員で下山を開始する。ところが、ここからは上りの2倍近い標高差600bもの下りとなる。急傾斜な下山道は昨日までの雨で悲惨なほどにぬかるんでいて、おまけに露出した木の根や苔むした岩が我々が滑るのを手ぐすねを引いて待ち構えている。案の定、100人近くの我々金魚のウンコ軍団も至る所で誰かが転倒し、悲鳴があちらこちらから聞こえてくる。かく言う私も2回ほど大転倒したのだが。それが証拠に、今も右手の中指と薬指には血が滲んでいる。それよりもカメラが無事で一応胸を撫で下ろす。
山を下ること70分。長時間、長距離の緊張の連続で、終盤には大腿部に張りが出始め、痛みを堪えながら下る。チョッとヤバイなと思いつつもカニ歩きで騙し騙し下り、やっとのことで「筑波山神社」にゴールしホッと一息つく。今日のツアーは温泉のオプションは付いていない。汗を掻いたまま慌しくバスに乗り込むと、何時もより早い午後2時50分、夫々の目的地に向けて3台のバスは発車した。
低山侮る無かれ。最近の山登りでよく感じるようになった。特に今日の筑波山は殊更だ。これからは、低山と言えども下調べを入念に行い、山の特徴を十分に掴んだ上でチャレンジすることにしよう。
いろいろあった1年だが、今年の登山はこれで最後となる。来週の33`ウォークで、今年の「歩きま専科」も完全なお開きとするつもりだ。アイゼンも準備したし、初めてチャレンジする来年の雪山歩きの計画でも練ることにしよう。
最後に筑波山を詠んだ万葉集の有名な一首を。「つくばねの 峰より落つる 男女川(みなのがわ) 恋ぞ積りて 淵となりぬる」。筑波山の峰から流れ落ちるみなの川が、積もり積もって深い淵となるように、私の恋も積もり積もって、深い思いの淵となってしまったことだ。。。。