東北屈指の名峰 安達太良山
年月日 2006/10/08(日)
天候 荒天
場所 福島県二本松市
ルート 山麓駅〜(6分)〜山頂駅→(30分)→五葉松平→(60分)→安達太良山→(15分)→峰ノ辻→(30分)→勢至平→(90分)→山麓駅                                 歩行距離(片道7.0`)、所要時間3時間45分(休憩時間含まず)
その他 那須火山帯に属する安達太良連峰は、磐梯朝日国立公園内の南端に位置し、南から北へ和尚山、安達太良山、船明神山、鉄山・箕輪山、鬼面山と約9kmにわたって連なっています。 この主峰である安達太良山は、別名「乳首山(ちちくびやま)」とも呼ばれる標高1700bの山です。この日は、新潟地方で発達した低気圧の影響で、横殴りの雨と強風で眺望は全く利かない状況でしたし、見頃の紅葉も荒天の影響で鮮やかさに欠け、些か残念な結果となってしまいました。 

詳細地図はこちらから(山と渓谷社提供)


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スライドショウの開始
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雲ひとつ無い快晴の上野駅前です。18ものツアーの受付が並んでいます。
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これだけツアーバスが並ぶと壮観です。
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これが私が乗るバスです。
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添乗員のSさん。山岳ガイドさんは現地で乗り込んできます。
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羽生のドライブインです。こんなに良い天気だったのに。
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安積パーキングエリアではご覧のように雲が出てきました。
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安達太良ゴンドラリフト駅です。
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あの頂上が薬師岳。安達太良山登山の出発点です。
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6人乗りのゴンドラで向かいます。
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ゴンドラ山頂駅です。もの凄い風で皆さん外に出てきません。
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準備運動をして、さあ出発です。
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智恵子はこの空を見て呟いたのですね。
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暫くは木道歩きとなります。1車線しかないのですれ違いガ大変です。
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紅葉の中を歩きます。
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ご覧のように、すれ違い時には下山者が道を譲ります。
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五葉松平からの安達太良山です。
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晴れていればもっと鮮やかなのでしょう。
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来週辺りがピークかも知れません。
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五葉松平で小休止です。
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金魚のウンコのように44名が続きます。
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眼下の二本松方面が晴れているのがお分かりでしょうか。
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山間部のみに厚い雲が。写真の中心に虹がでているのですが。
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仙女平です。草紅葉が綺麗です。
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頂上を目指します。
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兎に角風が強いのです。はためく旗と手で押さえた帽子でそれと分るでしょうか。
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霧の切れ間から鉄山が望めました。荒涼とした風景ですね。
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頂上かと思いきや、山頂はあの岩山の上です。
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まだこの時は周りが見渡せる状況でした。
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さあ、この岩山を登ることにします。
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大半の方が岩山にチャレンジしたようです。それにしても眼下が晴れてますね。
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岩山の頂き、安達太良山の山頂です。
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猛烈な風が参加者の雨合羽をめくり上げています。
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あっという間に雲が出てきました。
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山頂の祠です。
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岩山を下ってみると一面の雲海に変っていました。
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さあ、安達太良山を後にして。
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荒天のためコースを変更して進みます。小さな沢を渡ります。
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ご覧のように周りは何も見えません。
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勢至平を下ります。ぶ厚い雲の先に晴れた福島市が。
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荒天で余り鮮やかではありませんが、暫し紅葉をご覧下さい。
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さあ、最後の下りに入ります。これから先は余りもの悪路に写真を撮ってる暇がありませんでした。
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悪路が終わり、やっと分岐まで辿り着きました。
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さあ、ここからは黙々と最後のルートを辿ります。
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途中綺麗な沢がありました。
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やっとゴールが見えてきました。自動的にフラッシュが発光するような暗さになってしまいました。
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すっかり暮色が漂い、寒々しいゴール地点です。
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さあ、このバスで帰ることにしましょう。
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途中この施設で温泉に浸かって帰ることになりました。現地の6時半頃の様子です。

 「智恵子は東京に空が無いといふ ほんとの空が見たいといふ 私は驚いて空を見る (中略) 智恵子は遠くを見ながら言ふ 阿多多羅山の山の上に 毎日出てゐる青い空が 智恵子のほんとの空だといふ あどけない空の話である」(高村光太郎“智恵子抄”より引用)。「智恵子抄」は詩人の高村光太郎がその妻・智恵子との暮らしを記した詩集で、光太郎が彼女と結婚する以前(1911年)から彼女の死後(1941年)の30年間に渡って書いた詩29篇、短歌6首、3篇の散文が収められている。智恵子は光太郎との結婚の後、精神障害を発症し、豊かな才能を結実させることなくこの世を去った。全編を流れる光太郎の智恵子への精一杯の愛と思慕、そして苦悩と哀しみは余りにも純粋でもの悲しい。些か前置きが長くなったが、今日は智恵子の見たほんとうの空が見れるのであろうか。光太郎と智恵子の想いを胸にC社の山岳ツアー「東北屈指の名峰“安達太良山”」に出かけることにした。

 今日の集合場所は何時もの新宿ではなく、行き先が東北方面であるので上野となる。雲一つ無い快晴の上野駅前。幸先の良い空模様で、智恵子の見たほんとうの空が見られそうで期待が高まる。バスは7時丁度にほぼ満席の44名を乗せて上野を出発する。ところが、連休中日の東北自動車道は大渋滞で遅々として進まず、結局、薬師岳のゴンドラリフト山麓駅に着いたのが予定より2時間遅れの午後1時である。当然昼食は既にバスの中で済ませ、あたふたとゴンドラで薬師岳山頂駅を目指す。

 ところが、新潟地方で発達した低気圧の影響らしいが、東京での空模様が嘘のように、福島地方はもの凄い風が吹き荒れるている。その影響でゴンドラも幾度と無く立ち往生し、更に遅れを助長する結果となった。結局我々全員が山頂駅に着いた頃、ゴンドラは終に運転を休止してしまった。7日から8日にかけて海、山は大荒れで全国で8人死亡、35人行方不明のニュースが今流れている。我々が登ったのはそうした天候が急変した時期だったのだ。

 薬師岳山頂駅で準備運動を済ませ、4班に別れて山岳ガイドの後に従って登山を開始する。五葉松平分岐までは左程勾配もきつく無く難なく登れるが、道幅が狭いので下山者とのすれ違いに相当難儀する。我々44人もの大集団の通過を待って頂いた下山者の皆さんには感謝である。登山道から見上げる安達太良山東斜面の紅葉もそろそろピークに差し掛かっているようであるが、如何せんこの荒天で鮮やかさに欠けるのが何とも悔しい。

 五葉松平分岐からは火山特有の赤茶けた砂礫の急斜面が続く。今回は私の体調も良いようで、ここも難なく登り切る。眼下を眺めると、雲が掛かっているのはここ山頂部のみで、下界の二本松方面は青空が覗いている。何とかして山頂も雲が切れ、智恵子の見たほんとうの空を見せて欲しいものだ。山頂直下の分岐に辿り着くと、目の前に「乳首」と呼ばれる一際高い岩峰が聳え立ち、ここが安達太良山(1700b)の山頂となる。

 「乳首」自体左程高度差は無いのだが、鎖やロープを辿らないと登れないような急峻な岩場である。難儀しながら私も「乳首」の上に立つ。折からの強風も更に勢いを増し、辺り一面雲で覆われてきた。体感温度は更に下がり、雨具を着ていても寒い。手袋をした指先もかじかんできた。

 「乳首」を下りると、天候の悪化により「午の背」(うまのせ)方面への尾根歩きは危険なので中止し、このまま「峰ノ辻分岐」方面へ下るコースに変更する旨ガイドから指示が出た。天気が良ければ荒涼とした沼ノ平の噴火口や磐梯山、吾妻連峰、飯豊連峰が眺められたのに残念だ。

 ここからは標高差700bもの長丁場の下りとなる。峰ノ辻へ下り、勢至平(せいしだいら)へ向かう。天候はもう回復が不可能な程に悪化し、我々はすっかりとぶ厚い雲の中に入ってしまったようだ。勢至平は、晴れた日なら安達太良山から鉄山、箕輪山に続く稜線を一望できるレンゲツツジやハクサンシャクナゲで有名な溶岩台地であるが、今回は稜線どころか山肌一面の紅葉も霧の切れ間にチョッと垣間見られるだけで何とも侘しい。

 勢至平を過ぎるとゴンドラ山麓駅までのロングウォーキングとなる。しかし、ここの悪路が凄まじい。数多の登山者が歩いた後の山道がV字型に削られ、おまけに雨でぬかるんで歩き辛い事この上ない。滑るは、泥水の中に嵌るはで、靴どころかズボンの裾まで泥だらけにして、やっとのことでゴンドラ山麓駅まで辿り着くことができたのだった。

 通常であればこの時間とっくに帰りの車中の人となっている筈であるが、朝の2時間遅れの到着が影響して、ゴンドラ山麓駅に下山したのが午後5時半である。外は既に暮色が漂い気温も下がってきた。しかし、温泉に入浴して帰るというツアースケジュールがまだ残っている。それから1時間、地元「岳温泉」で汗を流し午後7時にやっと現地を後にしたのだった。結局上野に帰着したのが午後10時30分。些かお疲れのツアーとなってしまった。

 ところで、今回は残念ながら智恵子の言う「ほんとの空」は見ることが出来なかった。しかし、このような荒天の安達太良山であっても複雑な想いで智恵子は眺めていたに違いない。この天候のように波乱万丈の光太郎と智恵子の生き様を、また何時しか訪れ感じてみることにしよう。

 「そんなにもあなたはレモンを待つてゐた かなしく白いあかるい死の床で 私の手からとつた一つのレモンを あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ (中略) それからひと時 昔山巓でしたやうな深呼吸を一つして あなたの機関ははそれなり止まつた 写真の前に挿した桜の花かげに すずしく光つレモンを今日も置かう」(高村光太郎“智恵子抄”より引用)。1938年、智恵子が死ぬ数時間前にレモンを口に含んだときの様子が、光太郎の詩「レモン哀歌」に見事に綴られている。

 私の住まいからも左程遠くない智恵子の終焉の地、品川区のゼームス坂病院も今は既に無く、その跡地に「レモン哀歌の碑」が建っていて、絶えることなく今も誰かがレモンを供えている。折りしも3日前の10月5日が智恵子の命日で、時期を同じくして安達太良山に登ることになろうとは思いもよらなかった。

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