年月日 2006/09/17(日) 天候 雨のち曇りのち晴れ 場所 群馬県片品村 ルート 鳩待峠→(130分)→アヤメ平→(20分)→富士見峠→(100分)→龍宮十字路→(30分)→下田代十字路→(30分)→龍宮十字路→(30分)→中田代三叉路→(40分)→ヨッピ橋→(20分)→東電小屋 歩行距離(片道18.4`)、所要時間8時間30分(休憩時間含む) その他 鳩待峠から標高差370bのアヤメ平へ登り、富士見峠を経由して長沢新道の標高差480bを下り龍宮十字路へ出ます。龍宮十字路からは一旦戻るような形で尾瀬ヶ原の中田代三叉路を目指し、そこを右折してヨッピ橋を渡ると今日の宿「東電小屋」です。ただし、時間的な余裕もあったので、実際は下田代十字路まで足を延ばしています。初めて登ったアヤメ平ですが、過去の忌わしい出来事が嘘のように植生回復作業が進んでおり、何れ百花繚乱の古の姿を我々の前に見せてくれることでしょう。その稜線から眺める朝靄の中の日光連山の姿は、まるで墨絵のように神々しく、幽玄の世界に暫し引き込まれてしまいました。心配された台風の影響もほとんど無く、むしろ青空が覗いて暑い位の天候です。草紅葉の中を8時間に渡って歩き回り、十二分に満足したアヤメ平、尾瀬ヶ原トレッキングと相成りました。
朝晩はめっきり涼しさが増し、秋の虫達の鳴き声も心地よく耳に響く季節になってきた。私の夏休みは例年猛暑の夏を避け大体この時期に取ることにしている。寝て過す夏休みもそれなりに意味があるのかも知れないが、私は、思い切って山小屋にでも泊り込んでトレッキングを楽しむことにしてみた。場所は尾瀬。何度か歩いた尾瀬の地であるが、夜行日帰りツアーがメインでは広大な尾瀬のまだほんの一部分しか歩いていない。そこで、M社の「尾瀬全周」(2泊3日)ツアーに申し込んだが、人が集まらなかったらしく旅行社から催行不可の連絡が入った。しかし、諦めが付かず、いろんなツアー会社を調べ回り、やっとのことでT社の尾瀬山小屋夜行1泊コースを見つけた。1泊では尾瀬の全てを網羅することは難しいが、それでも今までに見たことの無い朝靄に煙る尾瀬ヶ原、そして夕焼けに映える至仏山(しぶつさん)や燧ヶ岳(ひうちがだけ)を体感できると思うだけでも身震いを覚える。ただし、近づいている台風13号の行方で大きく左右されることは間違いないであろう。
集合はお馴染み新宿都庁地下大駐車場だ。シングル参加者は2席を、カップル、グループ参加者はそれなりにと、シングル参加者にとってはゆっくり手足が伸ばせる大型バスでの出発である。22時半に新宿を出ると途中1回ほどトイレ休憩を入れただけで、寝ている間に午前3時には尾瀬の入口である尾瀬戸倉に早々と到着する。外はまだ真っ暗で雨もしとしと降り出している。いよいよ台風の影響であろうか。約1時間待ちでシャトルバスに乗り換え鳩待峠へ向かう。鳩待峠着は午前5時。大半の参加者が鳩待休憩所で朝食を摂る中、私はすぐさま行動を開始する。
今回はツアーと言っても、T社側は往復のバスと山小屋を斡旋するだけで、添乗員も山岳指導員も付く訳ではなく、後は帰るまで全くフリーのトレッキングツアーなのである。ということで、私は今回は鳩待峠からの一般的なルートである「山の鼻」へは下らず、「アヤメ平」へ登るルートに初めてチャレンジしてみることにした。まだ足元も良く見えないくらいの暗さであり、且つ最近良く熊の出没も噂される尾瀬であるので些か不安であるが、熊避け鈴をガンガンと鳴らしながら登ることにした。
登るほどに空は白々と明けてきて、おまけに天気もやや回復してきたようである。鳩待峠からアヤメ平へは標高差370b程度であるが、寝不足の体には些かきつい。それでも横田代から眺める至仏山と尾瀬ヶ原、アヤメ平から眺める燧ヶ岳は、しっとりと朝靄に包まれて幻想的な佇まいを見せている。このアヤメ平であるが、標高1969bをピークとしたアヤメ平火山の頂にできた高層湿原である。しかし、アヤメ平の語源であるアヤメはほとんどなく、キンコウカをアヤメと見間違えてつけた名前だと言われている。戦後間もなく始まった登山ブームで、天上の楽園と呼ばれたアヤメ平の湿原は多くの登山客に踏み荒らされ見るも無残な状態だったと言う。昭和40年代始めに開始された植生回復事業は今も継続中でまだ裸地が若干目立つ。
更に足を延ばし富士見峠へ向かうと右手には日光連山の山々が、そして遥か彼方には富士山がまるで水墨画のような柔らかな佇まいを見せていて、足を止めてその幽玄の世界に暫し見入る。雨上がりだからこそ眺められる特等席からの眺めは実に素晴らしい。
富士見峠にある富士見小屋で小休止を取ると、長沢新道を尾瀬ヶ原へ下るコースを取る。富士見峠から尾瀬ヶ原へは標高差480bもある長丁場の下りとなる。ダケカンバなどの樹木が生い茂り眺望は全く効かず、おまけに苔むした滑りやすい岩場の連続でかなり難儀する。それでも2時間掛けてヘトヘトになりながら尾瀬ヶ原の中間地点「龍宮十字路」へ飛び出す。
尾瀬ヶ原は標高1410bで東西約6`、南北約2`の大湿原で周囲を至仏山、景鶴山、燧ケ岳、アヤメ平の山々に囲まれた盆地になっている大高層湿原である。湿原の中を流れる幾筋もの川は、最後は一本の川となって明日訪れる平滑ノ滝、三条ノ滝に至る。広々とした湿原は、雪解け頃から紅葉が終わって冬枯れになるまで、まさに高山植物の群落の百花繚乱の地となって尾瀬を訪ねる人々を迎えてくれる。
さて、その龍宮十字路であるが、牛首分岐から下田代方向へと東西に延びる木道と、東電小屋分岐から富士見峠に至る南北の木道が交差する地点を言う。近くにある龍宮カルストにちなんで龍宮十字路と名付けられたこの十字路周辺には、数多くのベンチが設けられ、ザックを置いて小休止できるようになっている。ちなみに龍宮カルストの謂れであるが、十字路に向かって富士見峠側の池塘にはたえず大量の水が流れ込んでいるのだが流れ出る所はないし、溢れ出る気配さえ無い。反対に東電小屋分岐側の湿原には、どこからも水が流れ込まず流れ出ているだけなのに、いつも満々と水をたたえている池塘がある。実はこの2つの池塘は侵食されてできたトンネルによって繋がっており、水はそこを通って流れているわけである。湿原の下を通って流れる水は海底の龍宮城にも繋がっていると考えられ、龍宮と呼ばれるようになったと言う。
ところで、龍宮十字路へ到着したのが午前10時である。このままスケジュール通り宿泊先の山小屋へ向かうとお昼前には着いてしまうことになり余りにも早すぎる。そこでスケジュールを変更して更に尾瀬ヶ原の奥地へと足を運んでみることにする。龍宮から見晴地区の下田代十字路を目指して進む。天気は台風など何処へやら暑い位の晴天に変化し、雲がかかっていた燧ヶ岳もくっきりとその稜線を現し始めた。広大な草紅葉の中、ウメバチソウ、エゾリンドウ、オタカラコウ、ヤマトリカブト、ワレモコウ、イワショウブ、オオニガナ、チョウジギクなどの草花が至る所で秋の尾瀬を演出しているのも微笑ましい。
下田代十字路には数多くの山小屋があるが、その中の「弥四郎小屋」の軒先を借りて昼食にする。尾瀬戸倉で配布された「まいたけ弁当」であるが、これが実に美味い。程よい甘醤油味のまいたけと、しっとりもっちり感の御飯の味が絶妙である。疲れと満腹感とほろ酔い加減(?)で些か眠気が差してきたが、山小屋でゆっくり休むこととし思い切って腰を上げる。それでもまだ12時だ。更に奥地へと考えたが、そこは明日のスケジュールに重なっているので取り敢えず踵を返して戻ることにする。
下田代十字路から龍宮十字路を経由し中田代三叉路まで戻り、更に中田代三叉路からはヨッピ吊橋を経由し宿泊先の東電小屋のあるヨシッポリ田代まで約2時間の長い行程を戻る。標高1400b地点の尾瀬ヶ原であるが、吹き渡る風は涼しいものの、射す紫外線は意外に強く、ジリジリと焼け付くような暑さである。衣類という衣類を汗みどろにして東電小屋に着いたのが午後2時である。いや、汗みどろになったのはそれだけの理由ではない。実はヨッピ吊橋から東電小屋へ向かう湿原で、平成16年6月にハイカーが熊に襲われて負傷した事件が発生している。ここヨシッポリ田代は地形上熊の出没し易い環境にあり、コースのあちこちに「クマに注意」の看板が立っているから尚更だ。
東電小屋は尾瀬林業の経営する山小屋で、ヨシッポリ田代の終端に登山客を待ち受けるように建つ暖炉の煙突が特徴の人気の小屋である。もともとは、昭和の初めに関東水電という当時の電力会社が降水量調査のために建てたもので、当時は「水電小屋」と呼ばれていたそうだ。その後東京電力の前身である東京電燈に引き継がれ、この時から「東電小屋」と呼ばれるようになったという。
早目の手続きを済ませると早速部屋に入る。テレビも冷蔵庫も洗面所もトイレも無い6畳一間の殺風景な部屋だ。山小屋だから至極当然のことなのだが、些か寂しい。当初は相部屋の予定であったが、相方がキャンセルされたそうで、話し相手も無く何だか侘しい夜になりそうだ。取り敢えず風呂に入って汗を流す。しかし、石鹸もシャンプーもご法度の山小屋なのである。
尾瀬では車での物の運搬が出来ず、全てを強力(ごうりき)の手によって運ぶため総じて物の値段は高い。ちなみに500ml.のペットボトルが400円、350ml.の缶ビールが550円など、重いものほど値段が高くなっている。これも尾瀬の自然を守るための結果であり、そのための寄付だと思えば安いものである。
5時半から夕食となる。料理はボリュームがあってなかなか美味い。ゴミとなる食べ残しは環境保全上禁物であるので、ビール腹を抱えながらすっかり平らげる。食事を終え部屋に戻っても何もやることが無い。ザックの中身を出したり入れたりの繰り返しで明日の準備をする。窓から見える雲の流れは早く、台風が近付いているのを実感する。
環境保護のモデル地区として、東電小屋では太陽光発電によるクリーンなエネルギーをいち早く採用している。そのために午後9時が消灯時刻となる。外は雨も降り出したようで、木々のざわめきと雨だれの音が聞こえてくる。テレビも無く携帯も通じずおまけに文庫本さえ持参していない。仕方なく取り敢えず休むこととし、電気を消すとシーツの無い冷たい床に入った。(続く)