不夜城新宿のファーストフード店に入る。早朝5時半だというのにほぼ満席だ。客層は遊び疲れた若者と深夜勤明けの労働者が大半で、食事をしているのはごく僅かだ。大半は背もたれにもたれ掛かったりテーブルに突っ伏して眠りこけていて、さながらここが疲れた都会人の仮眠の場所と化している。新宿独特の垣根の無い雰囲気を感じながら私は朝食を取る。今日はC社のバスツアー「志賀高原の池めぐり代表コース志賀・四十八池から大沼池」だ。昨夜降った雨であろうか、道路はうっすらと濡れているが、今後天気が大きく崩れる心配は無さそうだ。出発は7時。さあ、早目に食事を済ませて集合場所に急ぐことにしよう。
集合場所は都庁地下の大駐車場だ。到着すると、幾つものツアーが所狭しと受付を開始していて、まずはその数に圧倒される。集合しているのは大半が私のような中高年である。中高年の山歩きがブームと言われて久しいが、そのエネルギーとツアーの多さに改めて感心する。
受付を済ませ、大型バスに乗り込むと丁度7時に新宿を出発する。今日の参加者は46名。かなり人気の高いツアーのようだ。関越道に乗るまでは渋滞で若干もたもたしたが、高速に乗ると途中2回ほどトイレ休憩を取りながらほぼ順調に長野方面に向かう。
ところで、初めて参加したC社のバスツアーだが、これがなかなかグッドである。同乗した添乗員さんは商売もなかなか上手く、車中でタイアップしている長野のドライブインの商品を販売したり、C社オリジナル商品なども即売するなど、なかなか如才が無く飽きさせない。外連味の無い彼女の可愛さに負けて、かく言う私も一品購入してしまったのだが(^^;;)。そんな彼女のCSに長けた話法と気配りで車中飽きることなく楽しく現地まで赴くことができた。話は横道に逸れるが、願わくば彼女のような社員を我社も欲しいものである。
さて、バスは11時半にスタート地点である志賀高原熊の湯温泉に着く。標高1695b地点の熊の湯は雲は多いものの、雲間からは抜けるような青空が覗いており、太陽は射しているが下界の猛暑が嘘のような涼しさだ。全員で準備体操を済ませ、いざスタートを切る。
いきなり急勾配で始まるが、15分も汗を流せばそれとは気付かぬ小さな前山湿原に出る。この湿原も例外ではなく、乾燥化が進んでいるのは憂うべきで、行政の早急な手立てを期待したい。更に前山湿原からは5分で渋池に着く。渋池は古代からの何回もの志賀山の火山活動の末にできた池で、池越しには横手山(2305b)が眺められ、高層湿原特有の浮島が池の中に漂っている。
更に渋池から四十八池湿原までは鬱蒼とした森の中を歩く。パンフによると、ここでは陽樹と陰樹の共存関係を観察して下さいとなっているが、そもそもその言葉の意味すら分らない。要するに多くの光が必要で燃費は悪いが早い生長で勝負する陽樹と、耐陰性が高く省エネ型の生長で勝負する陰樹が、この森ではどういう風にお互い共存しながら生き長らえているのか観察してくださいとの事らしいが、何が陽樹でどれが陰樹かも分らないままでは如何ともし難い。いま少し勉強してから観察することにし先を急ぐ。
45分ほど森の中を歩くと急に目の前が開け四十八池湿原に着く。四十八池湿原は長野県の天然記念物に指定されていて、志賀山と鉢山とに囲まれた標高1880b地点にあり、大小60あまりの池や沼が点在し、湿原内にはミズバショウ、ヒメシャクナゲ、ミズギク、ワタスゲ、コバイケソウなどが生育し、モリアオガエル、クロサンショウウオなどの生息する学術上貴重な湿原となっている。時期的に花の季節は終わりに近づいているが、それでもイワショウブ、ミヤマシャジン、サワギキョウ、ウメバチソウなどの花々が美を競っている。
ここで主催者から支給された弁当で昼食にする。タイアップしている地元のドライブインで先程積み込んだばかりの弁当だから、新鮮な長野の味満載でかなり美味い。3個のむすびをあっという間に平らげると、直ぐに腰を挙げ大沼池へと向かう。道はやや荒れた下り道となり、その大半は700段もの歩幅の合わない階段である。
40分ほど下ると木々の間からコバルトブルーの大沼池が眺められようになってくる。大沼池は10〜15万年前に志賀山が誕生した際にせき止められた池で、周囲5.5`、水深は26bもあり志賀高原最大の池である。神秘的なコバルトブルーの水をたたえているが、硫酸銅を含み強い酸性のため魚類は生息していないという。また、大蛇と中野城主の娘、黒姫との悲恋の
伝説も残っている。
大沼池は赤石山、鉢山、裏志賀山、寺小屋峰と周りをぐるりと山々の緑に囲まれており、まず絵の具を溶かしたような鮮やかな青さの湖面に思わず息をのむ。その色は余りにも神秘的であり、また毒々しくさえある。とても天然の色とは思えない。レストハウス前の砂浜に腰を下ろし煙草を燻らしながら暫し志賀山と大沼池に見入る。
腰を上げ、湖岸線に沿って池を半周すると池尻に着く。湖岸から間近に眺める池の水は透明度は高いが、生き物の棲息する気配が全く感じられないのは美しい色と相俟ってかなり不気味だ。さあ、ここからはゴールの清水口駐車場目指して黙々と長丁場を歩く最終コースとなる。横湯川の深い渓谷の流れの音を右手に聞きながら約90分歩くとゴールの清水口へ着く。時刻は丁度午後3時。予定より1時間も早いので、周辺の清水公園の湧き水や信州大学の教育園などを散策して時間を潰す。今回のコースは、押し並べて特に難しい岩場や鎖場も無く、心穏やかにのんびり自然と対話しながら歩ける雰囲気の良いコースである。東京からの距離はかなり遠いが、今後私のお気に入りのコースに入れることにしよう。
さて、帰りのバスは4時に現地を出る。相変わらず添乗員さんの軽妙な話術と気配りで癒される。それと同時に隣り合せとなった初老の紳士が今回「熊」と遭遇したという話を聞き、驚きと同時に自然の脅威を身近に感じる。ところで、今回は日帰りトレッキングではあったが最近に無く充実した山歩きとなった。それも、今回の添乗員さんと運転手さんコンビの軽妙洒脱な対応に負うところが多い。是非またこのコンビに出会えるツアーを期待して次回以降の山登りを計画することにしよう。